2010年12月27日月曜日

建築現場



斜面への土留め工事が始まった。
土留をして杭を打ってコンクリートの基礎工事を行う。
そこから棟上、だいたい2月の上旬になる予定だ。
そこまで来たら大きなトラブルはないと思う。
とにかく基礎なのだ。
基礎の問題を切り抜ければ、大きな不安から解消されるだろう。

この家の計画は土地が傾斜しているために基礎の案との戦いだった。
上物の費用も基礎の値段次第だった。
一時期は基礎を現状の1/4くらいの案が提出されていた。
そのため、結構立派な上物の案を見せてもらった。
その案を大変気に入り、気持ちは高ぶっていた。
しかし、基礎にかなり費用がかかることが避けられなくなっていき、上物はどんどん小さくなっていた。
基礎絡みで3回ほど案が大きく変更され、細かな調整は1年以上続いた。

それでも基礎工事が始まった。
僕にとっては大きな一歩だった。
本当に家が建つのだ。
そう思えることがたしかに心を安定させてくれる。

2010年12月26日日曜日

かなり久しぶりの更新ー工事開始



久しく更新していないブログを更新する。
この更新までの間、色々とあった。
2008年の4月に不動産会社と交渉し、5月に土地を購入した。
家が建ち上がるのはそこから約1年という予定だった。
つまり、2009年5月には家が完成し、引越ししている状況だったのだ。
しかし現実はそんなに甘くない。
5度の設計変更が行われて、2010年12月20日から建築が始まった状況なのだ。
建築費用も予定より350万円ほど高くなってしまった。
それでも設計の第一案、第2案から比べると建築面積は2/3ほどになっており、色々なやりとりの中で何度か心が折れそうになった。
実際のところ、今でさえ、本当に家が建つのかを心から信じているかといえば、そうではなく、どこか疑いを持っている。
何かしらのトラブルがあって建たないのではないかという不安である。

家を建てる作業、これは施主にとってかなりストレスフルな作業だ。
夢をつかむための我慢を徹底的に強いられる。
希望のために諦めなくてはならないことがある。
結局のところお金がモノを言うのだ。
お金の力を知らしめられ、自分の無力さに嫌気がさす。
そのなことの連続だった。

とはいえ、建築工事が始まったのは間違いない。
2010年はすごく疲れてしまったけど、最後にいいニューズだった。
このまま順調に行ってくれれば4月には引越しができる。
どうにか、ノントラブルで行って欲しいと思う。

2009年5月21日木曜日

土地の購入-決済と登記

土地をついに購入した。
いろいろと紆余曲折はあったものの、今ではそれがいい思い出となっている。
土地の決済に際して、とても不思議なことがあった。
それは、登記の費用である。

土地の値段は非常に安かった。
それに併せて登記費用も安くなることが最初の計算でわかっていた。
しかし、司法書士から送られてきた請求書を見ると異常に高く、驚かされた。
その理由はいろいろあったのだが、値段を高くしていたのは登録免許税だった。
土地の評価額×1.3%が現在の登録免許税の計算式なのだが、そこから逆算してみると土地の評価額が3〜4倍ほどになった。
知り合いを通して、市役所に問い合わせをしてもらったものの、そこの土地は調査していないので、周辺の土地と同じ評価額で算定したと告げられた。
土地を買った地域は確かに評価額が高い地域であるが、今回買った土地はとんでもない傾斜地で、僕以外誰が買うのだろうかと思わせるような土地なのである(挑戦のしがいがある土地と解釈している)。
傾斜地と平地を同じ評価額で出すということは単に役人の怠慢であると思った。
実際にその通りであった。
知り合いにいろいろなところで交渉してもらった結果、評価額がどんど下がり、登録免許税が1/4になった。
当初計算していた金額に限りなく近かった。
この値段になるための交渉は市で軽くあしらわれた知り合いが、少し腹を立て府に陳情したからであった。
役人は市民からの要望は受け付けないのだが、上司や親方の方から指示があるとすぐに手のひらを翻す。
それがはっきりと見えた不思議なことだった。

結果としてずいぶん登録免許税が安くなり、よかったと思えた。
もちろん、最初に計算していた金額に近いのだから得をしたわけではない。
通常だったのだ。
これからもきちんと明細を見なければならないことが多々あるのだろうなぁと思う。
その意味では施主は強くならなくてはならない。
そして、知識を持っていなくてはならない。
それは確かだろう。
それを確信できた。


2009年5月10日日曜日

渡辺篤史の建てもの探訪BOOK

渡辺篤史の建てもの探訪BOOKを買いました。

その中ではじめてオープニングの曲名を知りました。

between the word & the heart -言葉と心- だそうです。

小田和正の曲であることは知っていましたが題名までは知りませんでした。


本自体はたてもの探訪好きにはたまらない裏話満載の内容でした。
撮影の裏話の中で、渡辺氏と施主は玄関で初めて会うと言うことを知って驚きました。
打ち合わせて、初めてでもないのにはじめましてと言うのだと思っていました。
なかなかリアリティのある出会いだったのですね。

僕も家を建てたらぜひたてもの探訪のスタッフに目を留めていただいて、渡辺氏に探訪していただきたいと考えています。
お眼鏡にかなう家を建てるぞと気合いが入ります。




2009年4月26日日曜日

第2弾の論文が刊行された

建築家と共同で書いた論文の第2弾が発表された。
「うちとそとにひらかれた「自分〈たち〉の場所-ボクの家プロジェクト展開部」という題名だ。
なかなか分量があって読むのが大変なのだが、改めて読み直してみてなかなか良いコンビネーションで書かれた文章であると思った。
この論文を書き上げた頃にちょうど土地を見つけた。
書いている最中にはまったく土地のイメージはなく、概念(コンセプト)のみの文章である。
今ならば、具体的な土地のイメージがあるためにその土地に対してどのようなアプローチが可能かを必死に考えるだろう。
そう思うと、今回刊行された論文は私にとって最後の単純な概念のみの住宅論と言うことになる。
今後、住宅論を書く際には現在の土地、あるいはいずれ建つであろう自分の家を基準に考えることになる。
難しく言うと、ものすごく強い先入見をもった住宅論しか書けなくなるのだ。
前作もそうであったのだが、住宅に対する先入見が少なく、住むことへの概念を必死に考えていたように思える。
2本の論文は今後もう書けない内容なので、貴重にしていきたい。

これからは実際にどのように「住む」のかを必死に考える必要がある。
これはこれで立ち向かうに十分値する概念である。
がんばろう。

2009年4月14日火曜日

金策

金策は非常にストレスフルです。
こんなにもストレスフルなのだとは思いもしませんでした。
しかし、今日、本審査に出していた銀行から満額融資の結果をいただきました。
本審査にいってから数日間、不安な日々が続きました。
これでやっときちんとしたスタートを切れたことになります。

川べりの家がきちんと立ち上がるまでに何度も金策で苦労すると思います。
もちろんその他にことで苦労するのはわかっていますが、僕にとってもっともストレスフルなのは金策です。
無い袖は振れぬとよく言ったもので、それを実感しています。
来年の今頃はこれが笑い話になっていたらいいなぁと思います。
気分は「プロフェッショナル」です。
経過をしっかり追っていきたいと思います。

川べりの家

松崎ナオというシンガーソングライターの「川べりの家」という曲が好きです。
この曲は以前NHKで放映されていた「72時間」というドキュメンタリー番組のテーマソングでした。
この番組はすごく好きだったのですがワンクールだけの放送でした。
その後、ずっと気になっていた曲だったのですが、シンガーも曲名をわからないままでいました。
今日、たまたま、Wikipediaで調べ物をしているときにヒットしてそのままYoutubeに行き着きました。
3年ぶりくらいになるでしょうか、久しぶりに聞いてやっぱり良いなぁと思っています。
それ以上に、「川べりの家」という題名に心が引かれます。
内容はともかくとして僕が今アプローチしようとしている家はまさに川べりで、今回たまたま行き着いたことになにか啓示的な関係性すら感じてしまいます。
ほんとうに川べりの家が建つことを心待ちにしています。